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「私はきっと君をダメにするわ…」
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背後から絡みつく腕の感触が、実際の力以上に俺の 身体を締めあげてくる。
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目の前にいるのは、まるで別人だった。
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普段、学生を見守っていた穏やかな眼差しはそこに なく。
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頬をかすめていく冷たい指先が、俺の唇から言葉を 奪っていた。
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「先生が怖い…?」
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「…………」
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「大人の女が……怖い?」
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この時になってようやく、さゆり先生の言葉を理解し ていた。
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『私はきっと君をダメにする』
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既に身体は俺の統制を拒んでいる。
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毛穴から入りこんでくるさゆり先生の体温が、 耳元に吹きかけられる中途半端に温もった吐息が、 猛烈な勢いで俺を乗っ取ろうとしていた。
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「今ならまだ引き返せるわ…」
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その言葉とは裏腹に、一層束縛が強められる。
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俺の心臓を鷲掴むようにして、左手の指先が胸板に 楔を打っていく。
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「先生…」
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もちろん、引き返す気などない。
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こちらからさゆり先生の手を握り、今にも唇が触れ合い そうな距離で見つめ合った。
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このまま乗っ取られるわけにはいかない。
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むしろ、さゆり先生を乗っ取りたい……。
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「ダメよ、このままで…」
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イニシアチブをとるために身体の向きを変えたかった が、さゆり先生は身体を密着させてそれを封じてくる。
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何度も頬が触れ合い、唇が接触しそうになる。
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「さゆり先生は俺のこと…」
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「…引き返すつもりはないのね」
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首筋をすっと撫でられ、反射的に身体がビクつく。
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蜘蛛の巣にかかった獲物の様子が自分の姿と 重なった。
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うなじを撫でられるだけで思考が停止する。
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じっくりと時間をかけて獲物を咀嚼する女郎蜘蛛の ように、さゆり先生の瞳は妖しい光を湛えていた。
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「さっき言ったわよね? 先生の、年下の価値観を変えてくれるって…」
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辛うじて頷くと、さゆり先生は俺の唇を指でなぞりながら 挑発的に胸を圧しつけてきた。
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「でも先生は変わらないわ。変わるのは君の方…」
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「え…」
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「先生が君の、年上の価値観を変えてあげる…」
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「あ…」
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乗り出してくるさゆり先生の頬は、ひと目で分かるほど に血色を強めていた。
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色っぽく鼻から洩らされた呼気が近づいてくる。
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キスをされるのかと咄嗟に瞳を閉じたが、唇は乾いた まま放置された。
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「待っているだけなの…?」
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その挑発に反応し、再び身体の向きを変えようと 試みる。
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しかしそれを待っていたかのように俺を束縛し、 耳たぶに歯を立ててくるさゆり先生。
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その瞬間、どうしようもない脱力感が全身に広がって いった。
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完全に操られている。
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男の俺以上に『オス』を知り尽くしたその手つきが、 初めて怖いと感じる。
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「君の身体、熱くなってきたわ…」
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言いながら、さゆり先生は俺の首筋に鼻先を埋めて くる。
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体臭を嗅がれているのが分かった。
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既に背中はじっとりと汗が滲み、Yシャツが張りついて いる。
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「さゆり先生、待っ…」
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「じっとしてて」
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「うあぁっ…」
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狙われた頸動脈。
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さゆり先生は俺が暴れるほど喉元深くに入り、強弱を つけて歯先を立てていった。
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自分の脚で立っている気がしない。
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脇に差しこまれたさゆり先生の腕が、体重の大部分を 支えている。
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まったく読めない真意。
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俺の告白に対しての返事は未だ聞けていなかった。
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分からない。さゆり先生が何を考えて行動しているのか 想像もつかない。
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「…俺のこと、からかっているだけならやめてください」
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「…………」
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「俺もふざけて告白とかしたわけじゃないんで…」
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肝心なところでさゆり先生は無言だった。
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一方で束縛は緩められず、すっと手のひらを頬に添えら れる。
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「さゆり先…んっん!?」
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予備動作なしの接触。
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最初は何が起きたか理解できなかった。
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頭のてっぺんから足の先まで、潮の満ち引きのように 痺れが広がっていく。
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圧しつけられた唇は予想以上にやわらかく、そして後を 引く感触だった。
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「ん…ちゅっ…ちゅっ…はぁっ…ん…ちゅっ… ちゅるっ…ちゅっ…ん…んふ……ちゅっ…… んっん…ちゅっ…んふ…んっ…ちゅっ……」
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触れ合うだけだったキスも、すぐに次の段階へ進み 始める。
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唇の隙間から顔を見せた紅い舌先は、反射的に俺の 身体を強張らせた。
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「顎の力を抜いて? 私を受け入れて…」
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その甘すぎる囁きに幾度も意識を手放しそうになる。
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顎の力だけを抜く器用さは残っていなかった。
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結果、全身の筋肉が弛緩する。
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それをさゆり先生に抱えあげられる。
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「君は私だけのもの……純子にも渡さないわ……」
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「!?」
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「それでもいいの? 私は……んっ…ちゅっ…ん… ちゅるっ…ちゅっ…ん…ちゅっ…んっん…ちゅっ、 ちゅっ…ちゅぅっ…」
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絡みつく粘膜の感触にさらなる脱力を誘われながら、 俺はようやく『そのこと』に気づき始めていた。
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(もしかして、さゆり先生って……)
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チュクチュクと舌先を吸われ、頭の中の空白が広がって いく。
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焦点のぼやけたさゆり先生の瞳を見て、それが俺だけ の症状ではないことを知る。
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(めちゃめちゃ独占欲が強い……のかも)
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息が続かないほどの濃厚なキスも、ツタのように 巻きついて離れない左右の腕も。
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その全てが大人の愛情表現に思えた。
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さゆり先生は決して言葉で『好き』とは言ってくれない。
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それでも自分が愛されていることは実感できる。
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試しにこちらからもキスを迫ってみた。
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首の可動範囲を目一杯使って、なんとか頬に唇を圧し当てる。
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するとさゆり先生は一瞬だけ驚いた表情を見せ、
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「んんっ…ちゅっ…ちゅぅっ…ちゅるっ…ん…… ちゅっ…ちゅる…ぢゅっ…ぢゅるっ…んふ…… ちゅっ…ちゅぅっ…ちゅるるっ…」
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差しこまれた舌の動きが、これまでにない貪欲さで 俺をかき回し始めた。
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今までのキスが全て演技に思えるような、快楽のみを 追求したテクニック。
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堪らずのけ反った俺の下唇を吸い、さゆり先生はわざと コツリと前歯をぶつけてくる。
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言葉を発しようとするたびに舌を吸われ、頭の中は 緩やかなメリーゴーラウンドの状態だった。
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キスの経験などなくても、さゆり先生のそれが上手い ことは分かる。
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(これが大人のキス…)
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心地よい浮遊感が俺を重力から解放していく。
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少し体重をかけられたら、何も抵抗できずに押し倒さ れる自分が想像できる。
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衣服を脱ぎ捨てたくなるような蒸し暑さ。
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ふと視線を落としたさゆり先生の胸元にも、玉のような 汗が浮かんでいた。
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「もしかしてファーストキスだった?」
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見栄を張らずに頷くと、目の前で優しい笑顔が滲む。
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「そう……じゃあ、練習してみる?」
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軽く自分の唇を舐めたさゆり先生は、それをそっと こちらに突きだしてきた。
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身体を半身にして一度目の練習を試みると、勢いを 抑えられずに前歯が接触する。
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(思っていたよりも力加減が難しい…)
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二度目はさゆり先生に導かれ、唇の弾力のみを楽しむ ことができた。
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当然、三度目は自分の力だけで復習する。
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さゆり先生の身体がビクッと動いたのは、この時が 初めてだった。
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「若いからすぐ上手くなりそうね…」
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四度目以降はほぼ自由演技だった。
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油断をしているとすぐ唇を奪われ、こちらから仕掛けると 逆にカウンターで舌先を流しこまれる。
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唇の隙間をずりゅずりゅと這い進んでくるその感触は、 俺の喉をひどく渇かせていた。
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(上手くなれば、俺もさゆり先生のことを気持ちよく させられるのかな…)
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自分が受けたキスの衝撃は、素朴な疑問へと移ろいで いく。
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どんな風に舌を絡ませればさゆり先生も気持ちいいの か、それを確かめる術は実践しかない。
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「唇が痛くなってきたら言ってね。 しすぎるとヒリヒリしちゃうから…」
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「…………」
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「やっぱり怖くなった?」
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(中略) |
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――さゆり先生は気持ちいいんだろうか?
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キスに没頭する一方で、ほんの些細な反応も逃さずに 観察を続けていた。
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あの浮遊感、そして頭の中を回り続ける回転木馬。
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それと同じ状況がさゆり先生を襲っていると想像しただ けで、強い性的興奮を覚えた。
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「君、どんどんキスが上手くなってる…」
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囁きに対して真っ先に反応したのは、意外にも局部の 方だった。
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頭の中の靄(もや)が薄れていくにつれ、背中に圧しつ けられている乳房の大きさがリアルに感じられる。
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「…どうしたの? 顔を真っ赤にして…」
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勃起を隠そうと前屈みになったが、それが逆に先生の 猜疑心を刺激したようだった。
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舐めるように視線をめぐらされ、俺の身体の情報が 読み取られていく。
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そして――。
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「あら…」
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暴走する下半身を覗きこみ、さゆり先生はクスリと 小さく笑う。
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それまで胸板に駐留していた手が、ゆっくりと下腹部の 方へ下っていくのが分かった。
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「おっき、しちゃったんだ?」
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「…すいません。なんか勝手に…」
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「しょうがないわ、若いんだもの。でもちょっと嬉しい…」
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「え…?」
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「だって、先生のことを考えておっきしてくれたんで しょう?」
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さゆり先生の手はベルトで手遊びを始め、それより先の 期待感を煽る。
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唇の隙間からチラリと見えた白い歯が、かわいらしくも 扇情的だった。
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「…今なら少し分かるわ」
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言いながら頬ずりをし、その直後にズボンの上から俺の 膨張を握りこむ。
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「分かる…?」
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俺が訊き返すと、さゆり先生は潤んだ瞳を近づけながら 頷いた。
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「純子が君にぞっこんだった理由――」
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